心を揺さぶる名言①~のぼうの城(上)和田竜 小学館文庫

北条家支城「忍城」を圧倒的多数で取り囲み、傲慢な態度と条件で無血開城を要求する豊臣軍の使者、長束正家。これに対し、敢然と開戦の意思を示した、成田長親のセリフ。

 

だが、馬鹿者はこのとき、侍でもなければ成田家の一門でもない、ただの男になり果てていた。強者の侮辱にへつらい顔で臨むなら、その者はすでに男ではない。強者の侮辱と不当な要求に断固、否を叫ぶ者を勇者と呼ぶのなら、まぎれもなくこの男は、満座の中でただ一人の勇者であった。

「武ある者が武なき者を足蹴にし、才ある者が才なき者の鼻面をいいように引き回す。これが人の世か。ならばわしは嫌じゃ。わしだけは嫌じゃ」

強き者が強きを呼んで果てしなく強さを増していく一方で、弱き者は際限なく虐げられ、踏みつけにされ、一片の誇りを持つことさえも許されない。小才のきく者だけがくるくると回る頭でうまく立ち回り、人がましい顔で幅をきかす。ならば無能で人が好く、愚直なだけが取り柄の者は、踏み台となったまま死ねというのか。

「それが世の習いと申すなら、このわしは許さん」

長親は決然と言い放った。その瞬間、成田家家臣団は雷に打たれたがごとく、一斉に武者面を上げ、戦士の目をぎらりと輝かせた。